人間は何歳まで生きられるのか
急速な少子高齢化が進む日本。2024年7月に発表されたデータによると、2023年の日本人の平均寿命は3年ぶりに延び、女性が87.14歳、男性が81.09歳になりました*。
*令和5年簡易生命表の概況|厚生労働省 (mhlw.go.jp)
この数十年で100歳を超える人の数は着実に増えており、日本においては、2050年頃には100歳以上の高齢者が50万人を超える見通しとされています*。科学的研究によれば、医療、栄養、そして技術の進歩によって、過去数世紀にわたり人間の寿命は延びてきましたが、人間の寿命の上限に関する生物学的限界については科学者たちの間でいまだ議論が続いています。「Nature」誌に掲載された研究によると、人間の寿命の上限が120歳を超える可能性があると提唱する専門家と、上限は114.9歳であるとする専門家の間で意見が分かれています。私たち人間は何歳まで生きられるのでしょうか。
*2050年までの経済社会の構造変化と政策課題について(経済産業省)
健康で過ごせる期間“健康寿命”を延ばす
人生100年時代、寿命の上限を延ばすだけでなく、豊かで健康的な日常生活をおくれる“健康寿命”について注目されるようになっています。平均寿命が年々長くなっている日本は健康寿命も長く、平均寿命と健康寿命との差が大きくなることが懸念されています(表*)。平均寿命と健康寿命との差が大きくなると、介護が必要な期間が長くなり、生活の質の低下や、医療費・介護給付費などの社会保障負担の増加も危惧されます*。
(表*)世界の平均寿命と健康寿命の差 2019年
*世界の健康寿命 | 健康長寿ネット (tyojyu.or.jp)
遺伝子組み換えや老化を遅らせる薬など、科学者たちによりさまざまな方法が模索され、新しい治療法や薬剤が試されている一方で、今すぐできるアプローチとして、健康的なライフスタイルの選択が推奨されています。具体的には、定期的な運動の習慣が健康寿命を延ばすことに大いに貢献します。例えば、ウェイトリフティングやランニングは健康寿命に関連していることが示されています。
筋力トレーニングが健康寿命にもたらす影響
アメリカ屈指の病院、ロサンゼルスにあるCedars Sinai医療センターで予防心臓病学のディレクターを務めるDr. Martha Gulatiは、「特に筋力トレーニングを行う女性では、心血管疾患による死亡率が30%減少することがわかりました。このように死亡率を減らす効果がある要素は非常に少ないです」と述べています。
これらの健康寿命を促進する特性を本当に活用するための秘密は、活動そのもののトレーニングプロセスだけでなく、その後のリカバリー期間にもあります。リカバリーは、運動や健康法において見落とされがちな側面ですが、これらの活動が提供する利点を最適化するためには非常に重要です。本記事では、ランニングやウェイトリフティングの長寿科学と、それらの健康に対する影響を最大化するための具体的なリカバリーテクニックやツールについて、全2回にわたって詳しく説明していきます。
長生きするためにマラソンランナーやボディビルダーになる必要はない
多くの人が「ランニングや筋力トレーニングによる長寿効果を得るために最低でもどれくらいの努力が必要か?」とよく尋ねますが、実のところ思ったほど多くないかもしれません。ジムに通い詰めたり、トップアスリートのような体力をもつ必要もありません。
アメリカ疾病予防管理センター(CDC)によると、成人は週に2.5〜5時間の中程度の有酸素運動(例:ランニング)または、75〜150分の高強度の有酸素運動を行うことを目指すべきとされています。これに加えて、週に2回以上の筋力トレーニング(例:ウェイトトレーニング)を組み合わせることで、健康効果がさらに高まります。例えば、月曜から金曜まで30分間のジョギングを行い、週に2回ジムで筋力トレーニングを行えば、必要な条件をすべて満たすことができます。
仕事や家庭の予定が忙しい場合でも、たった10分間の運動の時間を作るだけで大丈夫。研究によれば、毎日5〜10分間、適度なペースでランニングを行うことで、心血管疾患や全体の死亡率リスクを大幅に減らすことができるとされています。
同様に、ジムに行く時間がなくても、腕立て伏せや自重スクワットを週2回、30分ほど行うことで効果が得られます。例えば「トランプを使った運動」というアイデアも。トランプを1枚引いてカードの色に応じて異なる運動を行うというものです。黒(スペードまたはクラブ)ならスクワット、赤(ハートまたはダイヤ)なら腕立て伏せをする。全てのカードを終わらせる必要はなく、30分間行うだけでも十分です。
ジムで長めのランニングやトレーニングを行うと、長寿効果がさらに高まる可能性がありますが、重要なのは継続性です。自分が続けられる範囲で、毎週続けることが大切です。ちなみに、よく見落とされがちですがもうひとつ重要なのが、運動後のリカバリーです。これについては次回の記事で詳しく掘り下げることにして、その前にランニングや筋力トレーニングに投資することで得られる効果について見ていきましょう。
割れた腹筋はカッコいいけど、100歳まで健康で長生きするのは?
私たちは、フィットネスモデルのような体型が良いとされるプレッシャーを感じたことがあるかもしれません。が、この記事はその話ではありません。確かに、デニムを履いて見た目が良いと感じるのは素晴らしいことですが、運動の目的を変えてみるのはどうでしょうか?例えば靴ひもを結ぶ時、自分のひ孫を学校に送る姿や、90代になっても旅行する姿を思い描いてみてください。それが現実的ではないと思うかもしれませんが、ウェイトトレーニングやランニングが実際に身体にもたらす影響を考えると、その可能性が少し現実味を帯びてきます。
ウェイトリフティングが健康長寿につながる?
筋力トレーニングまたは筋肉に抵抗(レジスタンス)をかける動作を繰り返し行うレジスタンストレーニングは、長寿に寄与するさまざまな健康効果と関連しています。その具体的な効果とは:
- 筋肉量と筋力の維持:ウェイトリフティングは筋肉量と筋力を増強します。加齢とともに筋肉を維持することは、転倒防止、移動能力の維持、自立した生活にとって非常に重要です。
- 代謝の健康:レジスタンストレーニングはインスリン感受性を向上させ、血糖値の管理を助けます。これにより、代謝症候群や2型糖尿病のリスクが軽減されます。
- 骨密度の改善:ウェイトリフティングは骨密度を向上させ、特に高齢者において骨粗しょう症や骨折のリスクを減少させます。
- メンタルヘルスの向上:定期的なレジスタンストレーニングは、メンタルヘルスの改善にも寄与し、不安や抑うつ、慢性的なストレスを軽減します。
- 慢性疾患の予防:ウェイトリフティングは、心疾患、関節炎、背中の痛みなどの慢性疾患の予防や管理をサポートし、心血管の健康や柔軟性、姿勢の改善に役立ちます。
- ホルモンの効果:ウェイトリフティングは成長ホルモンやテストステロンなどのホルモンレベルにポジティブな影響を与え、健康や老化に重要な役割を果たします。
- 炎症と酸化ストレスの軽減:定期的なレジスタンストレーニングは、年齢関連の病気に関連する炎症や酸化ストレスマーカーを減少させます。
- ミトコンドリアの健康:レジスタンストレーニングは、細胞内のエネルギーを生み出すミトコンドリアの健康と効率を高め、老化と長寿に重要な役割を果たします。
ランニングは健康長寿につながる?
ランニングは単にカロリーを消費するだけではありません。ランニングがもたらす多くの健康効果とは:
- 心血管の健康:定期的なランニングは、心血管の効率を高め、血圧を下げ、心疾患のリスクを減少させることで心臓の健康を向上させます
- 代謝の改善:ランニングは血糖値の管理やインスリン感受性の向上をサポートし、健康的な体重維持にも寄与します。これらは、代謝症候群や2型糖尿病の予防に重要な要素です。
- メンタルヘルス:ランニングや他の運動は、うつ病や不安の症状を軽減することが示されています。運動中に分泌されるエンドルフィンは、気分や全体的な幸福感を高め、ストレスレベルを下げる効果があります。この幸福感はストレスレベルの低下につながり、長生きに寄与するとされています。
- 筋骨格の強化とバランスの向上:定期的なランニングは筋肉と関節を強化し、移動能力とバランスを向上させ、高齢者における転倒や骨折のリスクを減少させます。
- 長寿の延長:スタンフォード大学の研究によると、定期的なランニングは老化の影響を遅らせることがわかっています。高齢のランナーは、通常よりも障害が少なく、活動的な生活を長く保ち、早期の死亡リスクも半減する傾向があります。
運動が長寿に効果的であることは科学的にも明らかなことがおわかりいただけたと思いますが、一方で見落とされがちなのが「ワークアウトリカバリー」、運動後の回復です。次回、後編ではこの“リカバリー”がもたらす長生きのための科学的効果についてお話します。
(参考)